はじめに

近年、企業ブランディングのあり方に大きな変化が生まれている。要因として大きく2つ上げるなら、一つは「人的資本経営への注目」、もう一つは「ブランドに対する期待とシビアな目線」だ。

人的資本経営への注目

昨今、人的資本経営への注目が高まり、それに伴ってブランディングの方法も変化してきている。かつてブランディングは、宣伝活動としてのアウターブランディングとして捉えられることがほとんどであった。しかし、2000年代あたりから「インナーブランディング」と呼ばれる組織内部と従業員の成長を目的としたブランディングが重視されるようになる。

2022年に人的資本に関する開示ガイドラインとなる「人的資本可視化指針」が発表されたこともあり、「人的資本経営」という言葉が注目を集め始めた。人的資本経営とは、経済産業省によると「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義されている。

一方、現段階では人的資本への投資は米国やスウェーデンなどの欧米諸国に比較すると、日本は無形資産に占める経済的競争力(人材や組織)への投資割合が低い。日本企業の課題であるとともに、今後の経済成長のための「チャンス」とも言える。

消費者のブランドに対する期待とシビアな目線

消費者の価値観も大きく変わってきている。商品やサービスを選ぶ際に、企業の社会的責任や持続可能性への取り組みを重視するようになった。特にミレニアル世代やZ世代をはじめとした若い世代を中心に、単に利益を追求するだけでなく、社会に対してポジティブな影響を与える企業を支持する傾向が強まっている。

Havas「MEANINGFUL BRANDS REPORT 2021」によると、「ブランドは社会のために、あるいは地球のために今すぐ行動しなければならない」と考えている消費者の割合は73%となっており、「利益のみを追求せず、目的のため行動することに定評のある企業の商品を購入したい」と考えている消費者の割合は64%となっている。このことから消費者はブランドに対して一定の期待を持っていることがわかる。一方で、「無くなっても気にならない」と思われているブランドの割合は75%、「ブランドは約束を守るとは思っていない公共の福祉を最優先する、というブランドの主張は上辺だけのお題目であり、自社の利益のことしか頭にない」と考えている消費者の割合は71%という現状もあり、ブランドに対してシビアにみられる現状もある。

多くのブランドが増え、代替可能だと思われている現代において、メッセージだけでなく社会のために誠実に行動する企業(言行一致の企業)が選ばれる。このような時代背景もあり、宣伝活動と捉えられてきたブランディングは、昨今では社内から社外へ発信する時代に移り変わりつつある。

企業ブランディングの実情

2020年代に入った頃、特に日本では組織の存在意義や社会的使命を明確にしていく、ある種のパーパスブームとも言えるような現象が起こった。しかし今、企業は新たなフェーズに入っており、課題が浮き彫りとなっている。

一つ目は「浸透活動の不実施」だ。通常、パーパスをはじめとした企業理念は、フレーズの開発とともにその浸透活動も設計する必要がある。いかに従業員に共感してもらい、行動に移してもらい、企業価値につなげるかが非常に重要である。昨今、弊社には多くのお客さまから「理念策定後の浸透活動」のご相談をいただくことが多い。言葉をつくるだけでは、全く意味をなさない。

二つ目は「社内外での一貫性の欠如」である。通常、インナーブランディングとアウターブランディングを担当する部署は、異なることが多い。そのため各取り組みの連携が取れておらず、ブランドイメージにずれが生じてしまう。特に課題となるのは、アウターブランディングによって企業の魅力が描かれていても、実際に顧客が社員やサービスと接した際に、その印象が下回る場合である。社外に向けてどれほど良いメッセージを発信しても、それが社員の対応やサービス体験を通じて感じられなければ、企業の評価にも影響を及ぼしかねない。

これからの時代において、社内外のさまざまなステークホルダーからの共感を得るためには、企業全体で一貫したメッセージを発信していくことが欠かせない。そういったインナー&アウターブランディングを実現するための言行一致のブランドコミュニケーションとして、弊社では「バタフライモデル®」を提唱している。

バタフライモデル®とは

「バタフライモデル®」とは、インナー&アウターブランディングの訴求内容が矛盾しない「言行一致のブランドコミュニケーション」である。

図の中央にある三角形は、理念体系やコーポレートアイデンティティといった「組織らしさ」を意味している。

「組織らしさ」を中心とし、左側は従業員や組織自体の成長に関わる取り組みである『インナーブランディング』を、右側は社内の取り組みを社外に向けて情報発信をして企業成長を目指す『アウターブランディング』を表している。

企業理念やパーパスなどの認知・理解・共感によって従業員エンゲージメント向上・コミュニケーション活性が促される。「人と組織の成長」を実現することで、実態を伴う言行一致のアウターブランディングが可能となる。そして、言行一致のアウターブランディングは「ビジネスの成長」のみならず「社員たちの誇りの醸成」にも寄与し、さらなる人と組織の成長のための好循環を生み出す。

このバタフライモデル®の全体像を描くには、ベースとなるステップが存在する。

STEP1 ブランド・オーディット

初めに、バタフライモデル®の中央にある「ブランドプラットフォーム」の構築を行う。構築のためには、その企業の「らしさ」をひもとくことから始まる。ブランドオーナーである「経営者」「従業員」「歴史・文化」の3つと社外から見た「らしさ」を、ブランド・オーディット(統合分析)によって浮き彫りにし、ブランドの源泉を見直す。

STEP2 ブランド定義

ブランド・オーディットによって可視化された「らしさ」や「ありたい姿」をもとに、ブレンドフレーズ(理念)やブランドシンボル(ロゴなど)を明確に定義していく。この過程を経て生まれるものが「ブランド・プラットフォーム」である。

STEP3 働きがいの言語化

ブランド・プラットフォームが構築されたら、それをまずは従業員に浸透させていく。開発したブランドフレーズやブランドシンボルをまずは従業員に知ってもらい、その背景を理解してもらい、そして行動に移してもらうための「共感」を促していく。その、共感を促す際に弊社がご提案するのが「マイパーパス」の策定・研修である。マイパーパスとは、従業員の人生における「存在意義・使命」を言語化し、会社のパーパス(理念)と紐づけることで、一人ひとりの「働きがい」の言語化を促す。パーパスを自分ごと化していくことで、深い共感を促すことで、従業員エンゲージメントの向上や一人ひとりの行動改革につなげていく。

STEP4 言行一致の広報活動

ここまでで行ってきたインナーブランディングの活動そのものこそ、広報価値が高い。活動によって得られた変化を発信することも有効ではあるものの、弊社は「プロセスの共有」を大事にしている。今、組織はどのような方向を向いているのか(理念の共有)、経営層はどの程度本気で組織の進化に向き合っているか、どのようなプロジェクトが始動したか、働く社員一人ひとりはどのような志を持っているのか。このような情報は全て、企業が人的資本に対してどのような向き合い方をしているかを表しており、中長期的な企業成長を期待できる「実態のある広報」と言える。

広報活動の仕方は企業の特色によってさまざまだ。以降では、4つの事例を通して具体的にどのような形でバタフライモデル®が体現されているかを紹介したい。

事例紹介

1)三井金属鉱業株式会社 パーパス浸透
先行きが不透明で将来の予想が困難な時代において、企業には常に変化に対して柔軟かつ迅速に対応することが求められている。同社はこの変化の激しい時代の中で「ブレない軸」を持つことが必要と考え、自分たちの事業や今後の在り方を見つめ直し、成長し続けるための判断軸となるパーパスを策定。弊社は、パーパスの策定からアドバイザリー支援としてプロジェクトに参画し、パーパスを社内外に浸透させるための計画立案と実行を支援させていただいている。同社の実施内容は以下である。

■パーパスとビジョンの策定
パーパスのフレーズについて、経営層とプロジェクトメンバーでワークショップを実施。また、並行して、パーパスを基軸とした2030年のありたい姿(ビジョン)も言語化。

■パーパスの社内浸透
パーパスの社内浸透には、浸透施策を検討するプロセス段階から社員が参画。部署横断型で有志の社員を集めたタスクフォースチームを組成し、4か月にわたり毎週ミーティングを実施。それぞれの現場の社員が納得できる浸透施策を検討。パーパスの言葉に込められた意図を一目で認識できるビジュアル制作や、認知・理解を促すためのストーリー映像の制作・発信を実施。また、自分ごと化を促すためのパーパス研修も実施。

■社内外への浸透施策
一方向的なコミュニケーションだけでなく、トップ・経営層と社員、社内と社外といった、双方向で理解し合うためのプラットフォームとして、同社のパーパスと、パーパスにもとづいた取り組みなどを掲載したパーパススペシャルサイトを作成。パーパス研修でそれぞれの社員が作成したマイパーパスを、パーパススペシャルサイトに掲載し、社外にも発信。社外への認知向上施策として、パーパスのビジュアルを駅や空港などの交通広告として掲載。パーパスのストーリー映像は同社のエントランスでの公開や、2023年には拠点の多い関東・九州地区でテレビCMとして放映。パーパスを言葉として掲げるのではなく、社員一人ひとりが自分ごととして受け止めていることを、広く社会に伝えた。

同サイトは一般社団法人日本BtoB広告協会主催 第44回「2023日本BtoB広告賞」ウェブサイト〈企業PR〉の部において銀賞を受賞し、同社は、一般社団法人サステナビリティコミュニケーション協会「サステナビリティサイト・アワード2023」においてゴールドを受賞となり、社外からも評価を得た結果となった。その後、バリュー策定・浸透も進めている。

2)株式会社ブイキューブ ピープル・サクセスサイト

オンラインイベント、ウェビナー、Web会議サービスを通じて企業のデジタルコミュニケーションをサポートすると同時に、テレワークに必要不可欠な個室型ワークブース「TELECUBE」を提供し新しい働き方を実現する株式会社ブイキューブ。弊社は、同社が掲げる「ピープル・サクセス」の考えに基づいた人的資本経営の取り組みを、Webサイトを通じて広く社会に訴求するための支援を行った。

■ミッション・バリューの策定
創業当初の同社は、IPOに向けて急成長・急拡大を遂げており、それはある意味「会社の成長ありきで、人が成長してきた」状態でもあった。上場以降改めて自社の存在意義や強みを見つめ直し、大事にしてきたカスタマーサクセスとともに「働く仲間それぞれの成長によるサクセスが今後の会社の成長に不可欠」という結論に至る。

そこから、2018年に全社を巻き込んでミッション・バリューを策定。そして2020年、「Evenな社会の実現」に必要不可欠な、同社サービスを利用する顧客、求職者、従業員、株主、地域社会といった“すべてのステークホルダーのサクセス”の総称である「ピープル・サクセス」という考え方が生まれた。また、組織として「ピープル・サクセス」を推進するため、ピープル・サクセス室という部署を新たに設置し、人材育成施策や働き方関連施策などさまざまな取り組みを実施している。

■ピープル・サクセスサイト
『ブイキューブが新しい自由な働き方や、それがもたらす効果などを、世の中に率先して発信していくことで、自社のピープル・サクセスのみならず、世の中すべてのピープル・サクセスを実現していくサイト』というコンセプトをもとに、ブランドコミュニケーションのプラットフォームとなる「ピープル・サクセスサイト」を制作。会社の未来に向けて行っている取り組みや、社会課題の解決に関する施策、従業員同士で切磋琢磨する取り組みなど、多岐に渡る社内施策と、それに基づいた具体的なプロジェクトを見える化。また、『人的資本経営に関する情報開示』ページでは同社の人的資本経営の戦略と人材データを、簡潔かつ視覚的に表現。同社に関わるすべてのステークホルダーに対して裏表なく取り組みを訴求している。

3)SOMPOホールディングス株式会社 パーパス浸透
以降の2つの事例は、弊社が関わっているものではないものの、良事例として考察とともにご紹介したい。まずはSOMPOホールディングス株式会社のパーパス浸透である。

■インナーブランディング
同社はパーパス経営を掲げており、3つの階層的観点で浸透活動を実施している。まずはタウンホールをはじめとしたトップからの発信である。CEOや各事業のトップが国内外の従業員に向けて、トップダウンでメッセージを訴求している。次に「現場の取り組み」である。マイパーパスに基づいた1on1やアワードなど、ボトムアップの施策を実施している。最後は、「浸透と測定」である。これはエンゲージメント・サーベイを通してこれらの取り組みに関するフィードバックをもとに、ナレッジとして「トップ」と「現場」にフィードバックをすることで改善を促している。

■アウターブランディング
社外への発信においては、上記のインナーブランディングの取り組みをコーポレートサイトを通じて丁寧に発信しているほか、「SOMPO伝」という社外へのインパクトのあるブランド施策を行っている。SOMPO伝とは、SOMPOで働く社員100名の意志(原体験・生き方)を「伝記(小説)」という形式で発信を行っている。約500時間をかけて取材・執筆・編集された伝記は、一つひとつが共感できる物語となっている。特設サイトで掲載されているほか、日経新聞で30段広告を掲載することで、パーパス経営に取り組む本気の企業姿勢を社内外に伝えている。
※参考:SOMPOホールディングス株式会社 コーポレートサイト

4)オムロン株式会社 TOGA
同社は、制御機器、ヘルスケア、社会システム、電子部品、データソリューションといった事業を展開しており、企業理念の実践による社会課題の解決に注力している。

注目となるのが「TOGA(The OMRON Global Awards)」と呼ばれる、アワードを中心とした経営と社員が一体となって企業理念の実践にチャレンジする取り組みである。TOGAは大きく3つのステップに分かれている。

①表出:チームを組み企業理念をどのように実践していくのかを「宣言」し、エントリーする。
②有言実行:日々の仕事を通じて、ソーシャルニーズの創造に向けたチャレンジに取り組む。
③共鳴:それぞれの職場で、そのチャレンジの結果を共有し合い、その職場における企業理念のベストプラクティスを選び、最終的には各地域の役員や社員の投票によって、地域を代表するテーマが選ばれ、グローバル大会にて共有される。グローバル大会では、各テーマのリーダーが自分たちの企業理念実践の内容をプレゼンテーションし、その様子は全世界に中継される。

これらの取り組みは公式サイト内で展開され、受賞した事例も紹介されている。このような社外発信は、従業員の誇りにつながり、さらなる組織の成長へとつながっていくであろう。2022年度の参加者人数は50,071人となっており、大きな共感・共鳴の輪が広がっている。
※参考:オムロン株式会社 コーポレートサイト

おわりに

バタフライモデル®は、現代に真正面から向き合ったブランディングのあり方だ。昨今のパーパスブームによって、消費者は実態を伴わないアピール(ウォッシュ)では刺さらなくなってきている。言行一致のブランドコミュニケーションとは、単なる広報のあり方ではなく、企業や経営のあり方そのものである。

各社の取り組みが示すように、このフレームワークは組織内外のエンゲージメントを向上させながらも、社外への評価にもつながり、持続可能な成長を促進することができる。

多くの企業がバタフライモデル®の考え方を採用し、新たな価値創造と企業成長の実現に向けて歩みを進めることを期待している。このモデルによる新時代のブランディング戦略が、変化の激しいビジネス環境において企業を支え、導く光となるだろう。

※本記事は、月刊「BtoBコミュニケーション」2025年3月号に掲載されたコンテンツの転載です。

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