理念浸透によって行動変容を起こさせる

2回にわたり、「インナーブランディングの重要性」「効果的なインナーブランディング施策」について解説してきました。今回からは弊社が実際に支援した事例を基に、インナーブランディングの具体的な施策について解説していきます。

多くの企業で理念に基づいた行動を従業員に推奨していますが、なかなかうまくいかないケースも見られます。理念に準じた行動を表彰する制度を導入しても一過性で終わる、自分ごと化されにくく行動につながらない、という場合もあります。多くの従業員に理念を浸透させ、行動変容を起こさせるには、どのような手段があるでしょうか。今回は、社内イベントにおける映像制作の事例について紹介します。

【ケーススタディ】東京建物株式会社

東京建物株式会社は1896年に設立された、日本で最も歴史のある総合不動産会社です。中でも、都市開発事業、オフィスビル・商業施設などの開発・運営事業などを手掛けるビル事業では、「Human Building~いつも、真ん中に人。~」というインナーコンセプトを掲げています。このコンセプトは、同社のグループ関連施設を利用するお客さまに、ハード面のみならずソフト面やサービスにおいても、「安全・安心・快適」を感じてもらうことを示しています。

さらに、「私たち、そしてお客さまが『私のビル』と感じることのできるビル」という目標の下、日々の仕事の中で大切にすべき五つのアクション(行動指針)を定めるなど、さまざまな理念浸透活動が行われています。これらは、ビル事業に従事する全グループの従業員が、「Human Building」をより深く理解し、さらなる取り組みにつなげていくことを意図しています。

同社ではインナーブランディング施策として、「Human Building大会」というイベントを年1回開催。ビル事業に関わる全グループ会社が参加して、経営方針を共有します。さらに、「Human Building」を体現したさまざまな優秀事例を紹介し、表彰を行います。

このイベントは10年以上続けられていることもあり、グループ従業員が「Human Building」の考えを、「認知・理解・共感」するようになってきました。今後はさらに、グループ従業員が「Human Building」を体現した「行動」を増やしていくことを目指しています。

理念を日々の仕事に落とし込むリアルなプロジェクトストーリーを映像で制作

この大会では毎回、表彰する事例を映像で紹介するのですが、単に事例を紹介するだけではありません。紹介するプロジェクトに関わった従業員が発揮した、「Human Building」の精神まで描き起こしています。映像を見た全ての人の心を動かし、「Human Building」をより浸透させることが重要視されているのです。

2021年の「Human Building大会」で紹介された映像を基に、行動変容につながる理念浸透施策について解説します。

ただ事例を紹介するのではなく対象者の想いを乗せることで視聴者の共感を得る

この映像において目指したのは、「Human Building」の理念を体現して表彰された事例と、関わった従業員が発揮した「Human Building」の精神を描き起こし、グループ従業員の中により深く理念を浸透させ、行動変容を促すこと。そのため、表彰事例に携わった従業員や、周りで働く人々をリアルに描き、生の声を伝えることを大切にしました。

このときは表彰事例の映像を3本制作しましたが、どの案件においても、普段の業務や表彰事例のエピソード、業務中に意識していることなどを引き出すヒアリングシートを作成しました。そして撮影前に、表彰事例に関わった従業員にインタビューを実施。これにより、従業員一人一人のバックグラウンドや性質、理念を体現した行動の核となる動機まで掘り下げることができ、本番でのインタビュー撮影では、より熱のこもった言葉や想いを引き出すことが可能になりました。

制作した表彰事例の映像のうち、一つを紹介します。

東京建物グループが携わる複合施設で、コロナ禍の逆風を逆手に取り、テナントに新たな価値の提供を行ったプロジェクトを取り上げました。

この施設は竣工以来、高い防災対応力が評価されていましたが、新型コロナウイルスの影響で、本来は対面で実施する消防訓練が制限されてしまったのです。そんな中、ビルスタッフがお客さまの立場になって、安全・安心の本質を見直し、新たな防災訓練を提案。テナントから非常に高い評価を受けたという事例です。従業員の想いとともに、テナントスタッフの声も伝えることで、「Human Building」を体現した事例であることを、分かりやすく表現しました。

このように、「Human Building」に込められた考えだけでなく、事例をリアルに伝えることで、理念をより自分ごと化するものとしました。

また、「Human Building大会」はより深い理念の浸透と行動変容を促すことを目指したイベントのため、オープニングとエンディング映像も制作。オープニング映像では、社長自らが理念やビジョンに対する想いを説明することで、グループ従業員一人一人が改めてイベントの意義を考え直すきっかけとなりました。一方、エンディング映像では、会社や部門を超えて、人から人へ感謝の気持ちを伝える手書きメッセージを紹介しました。

さらにイベントの最後には、グループの一体感を醸成し、日々の行動で「Human Building」を体現するための意識付けを行いました。

「Human Building大会」で表彰された事例。安全と安心の本質に立ち返り、今までにない新たな防災訓練のアイデアを形にし、テナントから非常に高い評価を得た

今回のインナーブランディング施策による成果

制作した映像はイベント当日だけでなく、同社のイントラネットでも配信され、グループの96パーセントの従業員が視聴。事後のアンケートでは、各表彰事例に対して97パーセント以上の共感を得られました。

また、映像を視聴して「ビルの満足度を向上させるには人にしかできないサービスが重要」「コロナ禍=必要最小限に行動を抑える発想をしてしまっていた自分を改めたい」「未然防止の観点がグループに根付いてほしい」など、「Human Building」を意識する日々の行動につながる、さまざまな意見が寄せられました。

ドラマチックな表現が可能な映像によるインナーブランディングの打ち手には、より深い理解浸透が期待できる

理念に基づいた行動事例を単純に紹介するだけでは、視聴する従業員の印象に残りにくく、理念浸透と行動変容に対して十分な効果を発揮しません。一方、事例に携わった当事者だけでなく、その行動によって影響を受けた周りの人たちの姿も臨場感たっぷりに描いて、ドラマチックに伝える映像は、自社の理念へのより深い理解を促す、エモーショナルなインナーブランディングの打ち手となります。

前回も解説しましたが、インナーブランディングは目的に合わせて、ファンクショナルな施策とエモーショナルな施策を組み合わせることで、高い効果を発揮します。

今回のケースのように、年に一度行うファンクショナルなイベントと、エモーショナルな事例紹介の映像を組み合わせることで、より深い理念浸透と日々の行動変容につながる効果が期待できます。

今回紹介した事例の詳細は、こちらからご覧いただけます。貴社のインナーブランディング施策の参考にしていただけたら幸いです。

※本記事は、月刊会員情報誌「コミュニケーション シード」2024年8月号に掲載されたコンテンツの転載です。

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