日本のインナーブランディングの現状

日本は海外の国々に比べて、現状ではインナーブランディングが進んでいません。インナーブランディングの浸透度を測る指標の一つである「従業員エンゲージメント(自分が働く会社の誰か、あるいは何かに“貢献”しようとする志)」に関する調査データが、これをよく証明しています。

米国の世論調査会社であるギャラップが、世界各国の企業を対象に実施した「グローバルワークプレイスの現状2023年版(State of the Global Workplace : 2023 Report)」によると、日本は「熱意あふれる社員」の割合が5パーセントしかおらず、調査対象の125カ国中124位で、最下位の一つ上という結果でした。世界平均の23パーセントと比較しても、大幅に低い数値となっています。

とは言え、近年は日本でもインナーブランディングに着手する企業が増えてきています。インナーブランディングは大きく分けて、「理念の深化」「浸透計画設計/実行」「モニタリング」の三つのステップで進めます。

「理念の深化」により、理念や行動指針、経営戦略を集約し、“経営理念―ありたい姿―戦略―従業員の行動”を論理的かつ具体的につなぎ合わせて明文化。次に「浸透計画設計/実行」により、浸透のためのコンセプトを決めて施策を展開します。その後、実行された計画を「モニタリング」し、改善施策を投じていきます。従ってインナーブランディングには、まずは「理念の深化」が必要となります。

インナーブランディングにおける課題の抽出方法

「インナーブランディングを推進するために、専任担当(個人や組織)を置いて取り組んできたが、うまくいっていない」というご相談が最近増えています。このような場合、「解決すべき課題が何か」が明確に設定されていないことが多いです。そのため、目的設定がない、もしくは、施策を打つこと自体が目的となり、ただ“打ち上げ花火的”に施策を展開しているだけになってしまい、高い効果を得られていないというのが実状です。

まず課題を明確に設定し、合意を社内で得ることが何より肝要です。当社では課題抽出に際して、図1、図2の独自のフレームを活用しています。

図1「理念深化のためのフレーム」

前述の通り、インナーブランディングにおいてまず重要なのは、企業理念の定義付けです。現在の企業理念の定義が十分なのか、図1のフレームに「企業の中で明文化されていること・語られていること」を当てはめながら考えてみましょう。整理する中で概念が存在しない部分や、社内で語られている言葉が複雑になっている部分が明らかになったら、図2の「理念等が存在していない」「理念等の定義が不十分」という段階が課題となります。

図2「従業員の理念浸透度フェーズごとの論点」

図1のフレームにきれいに収まり、それぞれの言葉の定義も具体的で、かつ全体の因果関係を論理的に説明できる場合は、「その浸透度合いはどうか」という議論に移っていきます。理念等の浸透度におけるフェーズは、図1に示したように、大きく7段階に分かれると考えています。自社の浸透度合いを把握しながら、その課題を解決するための浸透施策を検討します。その際に、「論点」を設定することが重要です。論点がずれてしまうと、浸透施策が有効に機能しません。

実例として、とある化学素材メーカーでは、「今は市場から一定の需要があり安定しているが、このまま事業に大きな変化がなくては、コモディティ化・低価格化が進み、いつか淘汰されてしまうのではないか」という危機感が経営層にありました。

そこで、その危機感を乗り越えるべく、10年先の未来を見据えて、自社がどのような方向に事業を展開させていくかを話し合い、「長期構想」を言語化しました。経営層のみならず、事業部長・リーダークラスの従業員からも意見を募って作成された構想は、市場への深い洞察と現場のリアルな経験に裏付けられた内容でした。そしてその構想の実現に全従業員がまい進すれば、経営層が抱く危機感も乗り越えられるという期待を持てるものでした。「長期構想」が言語化された後に、その内容を従業員全体に浸透させるために冊子を作成し、伝えたところ、従業員も理解してくれたようでした。

しかし結果として、従業員一人一人の行動にはなかなか変化が見られず、そのまま年月が過ぎていきました。当初構想したプランのうち、最も重要と考えていた「大きな変化」を生み出すことには成功せず、10年が経ってしまったのです。

詳しく話を聞いてみると、長期構想で語られる内容が浸透しなかった原因は、実は「上意下達な風土」にありました。「大きな変化」を生み出すためには、従業員一人一人が豊かな創造性を発揮する必要があるのですが、現場(下)からの意見を、経営層やマネジメント層(上)が柔軟に受け止める風土が存在しなかったのです。

この例はまさに、理念浸透のための「論点」の設定を怠った結果、理念が浸透しなかったケースと考えられます。「長期構想」実現のための10年の中で、一度でも「上意下達な風土が従業員の創造性を阻害している。この風土を改善するにはどうしたらいいか」という論点がセットされて、その解決に向けた議論がなされていれば、現状は大きく変わっていたのではないかと思います。

このように、理念等の浸透における「論点」をしっかりと設定した上で、浸透施策を検討することが非常に重要になります。

おわりに

インナーブランディングはとてもクリエイティブで、人間の本質に迫る奥深い活動であると考えます。ある会社で成功した事例を、そのまま他社に適用してもうまくいきません。その会社の商習慣や人・風土に合わせて、最適な選択をし続けなくてはならないのです。多くの企業でたくさんの方がこのテーマについて悩んでいます。「インナーブランディングについての悩みは全くない」という会社は存在しないのではないでしょうか。

連載第1回では、インナーブランディングに取り組む上で重要になる、インナーブランディングの課題の抽出方法について解説しました。次回は、効果的なインナーブランディングの施策の設計方法と具体的な対策について解説します。

※本記事は、月刊会員情報誌「コミュニケーション シード」2024年4月号に掲載されたコンテンツの転載です。

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