2022年8月30日に内閣官房より、上場企業を対象とした人的資本に関する開示ガイドラインとなる「人的資本可視化指針」が発表されたこともあり、「人的資本経営」という言葉が注目を集めています。目にすることや耳にすることは増えた一方で、

・そもそも人的資本経営とはどのようなことを指すのか?
・メリット、デメリットにはどのようなことがあるのか?
・どのようにはじめたらいいのか?

と言った疑問をいただく方も多いと思います。

本記事では、人的資本経営の定義や考え方、そのメリットとデメリットに触れつつ、実際に導入していくためのアクションについて解説しています。

そもそも人的資本経営とは?定義を解説

経済産業省によると人的資本経営は以下のように定義づけられています。

人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方とされています。
引用:人的資本経営~人材の価値を最大限に引き出す~

 

これまで企業では人材を「資源」として捉えると同時に、人材に対する支出は「コスト」であると考えられてきました。一方で人的資本経営では、人材を「価値を生み出す源泉」であると考え、人材に対する支出は「価値を生み出すための投資」であると捉え、積極的に投資を実施する考え方となります。

 

従来の経営 人的資本経営
人材の捉え方 資源 価値を生み出す源泉
人材に対する支出 コスト 価値を生み出すための投資

 

価値を生み出す人材への投資は、結果的に生産性の向上、エンゲージメントの向上へとつながり、最終的には企業の売上向上や安定経営へとつながっていきます。

 

AIなどによる外部環境の変化が激しい状況に対応し、企業を存続・成長させるためには、人材をコストとして考えるのではなく、人材の価値を引き出せるよう投資を行うという考え方が、益々重要になっていくことが予想されています。

【重要】人材版伊藤レポートからみる人的資本経営

伊藤レポートとは伊藤邦雄教授を座長として作成された経済産業省の報告書の内容の総称であり、人材版伊藤レポートは、収益性を上げるために必要な組織体制について特化した報告書です。

 

人的資本経営が脚光をあびるきっかけとなったレポートですので、実際に企業が導入する際には参考になる点や事例がありますので、人材版伊藤レポートについても確認していきます。

 

人材版伊藤レポートでは、「企業は経営戦略と人材戦略を連動させるべき」と結論づけられ、人材に対する考え方を従来の考えから変化させる必要があるとしています。

 

人材版伊藤レポート

(引用:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~

 

上記の図から、これからの経営では人材を資本として捉えることが重要であり、囲い込みではなく、互いが選び合い、共に成長する考えが重要であることがわかります。

人的資本経営が重要視される背景

なぜ人的資本経営が重要視されるようになったのか。その理由は大きく3つあります。

1.経済環境の変化
2.働き方の多様化
3.ステークホルダーの意識変化(ESG投資)

それぞれについて詳しく解説していきます。

経済環境の変化

経済のグローバル化や技術の進化などに伴い、競争が激しくなり、市場は変化が激しくなっています。そのため、企業は人材を有効に活用して、市場に対応することがより求められるようになっています。

 

現在は「第4次産業革命」と呼ばれ、世界市場ではAIやロボットが業務を最適化する時代を迎えています。企業は自らの技術力だけで競合との差別化を図ることが難しくなっている中で、重要となってくるのが「イノベーションにつながるアイデアを生み出せる人材」です。

 

AIやロボットはこれまでのデータから最適な答えを出すことが得意だとしても、人々の潜在的なニーズを探索し新たなアイデアを起こすクリエイティブな活動はまだ得意とは言えません。そのため、これができる人材に投資し、競合に対して優位性を持つことが重要だと考えられています。

働き方の多様化

社会の変化に伴い働き方改革が進んでおり、フレックスタイム制度やリモートワークなど、働き方が多様化しているため、人材を有効に活用するためには、適切な働き方を提供することが求められています。

 

また外国人従業員や非正規雇用の増加など、企業の雇用にも変化が生じています。

 

このような環境下で従来通りの人材管理は限界を迎えつつあり、一人ひとりの状況や働き方に合わせ、それぞれの人材の価値を最大化していく経営が求められるようになっています。

ステークホルダーの意識変化(ESG投資)

ESGとは、Environment (環境)、Social (社会)、Governance (ガバナンス)の頭文字をとったものであり、ステークホルダーが企業を評価する観点として重要視されているものです。

環境(Environmental):
企業が環境に対して責任を持ち、持続可能な経営を行うことが求められます。例えば、環境への負荷を減らすために、エネルギー効率や排出量などを減らすことが求められます。
社会(Social):
企業が社会に対して責任を持ち、社会的なインパクトを最小限に抑えることが求められます。例えば、労働環境や人権などを尊重することが求められます。
ガバナンス(Governance):
企業が適切なガバナンスを行うことが求められます。例えば、経営の規範性や透明性、アカウンタビリティなどが求められます。

人材への投資は社会やガバナンスに関わることのため、投資家が企業の成長性を評価する上でも重要な要素となっています。そのため、投資家は人的資本情報の開示要請を高めており、企業は必然的に人的資本経営を行い、人的資本情報を積極的に開示することが求められています。

人的資本経営のメリットとデメリット

人的資本経営がどのようなもので、なぜ重要視されているのかを確認してきましたが、ここで改めて、人的資本経営を行うメリットとデメリットについてみていきます。

企業ブランディングにつながる

電通PRの企業広報戦略研究所が行った第5回魅力度ブランディング調査によると、企業に魅力を感じる項目では5年連続で「人的魅力」が1位となっています。

つまり生活者や投資家は企業という組織を評価する際に、リーダーシップや職場風土など企業を構成する「個人」の魅力を評価していると考えられます。

 

企業を構成する個人が、積極的に活動を行ったり、発信を行うことで結果的に企業の魅力も醸成されていきます。そのような活動を個人にしてもらうためには、人材への投資は欠かせません。人的資本経営では人材への投資が重要だと捉えられ、企業価値を生み出す源泉であると考えているため、組織に属する個々人が活躍しやすい環境を整えることを行っていきます。

 

個人にとって働きやすい環境は、大きな成果、よい活動へとつながり、結果として企業のブランディングにつながっていくと捉えることができます。

エンゲージメント向上や生産性向上

人的資本経営において、以下のような取り組みが社員のエンゲージメントを高めることができます。

■組織文化
組織文化は、社員が組織に対して忠誠を抱くための重要な要素です。組織文化を変革し、社員が自己の仕事に対して熱意を持つことができるような環境を提供することが重要です。
■人材開発
人材を育成することで、社員が自己の仕事に対して熱意を持つことができます。社員の能力を引き出すために、適切なトレーニングや教育を提供することが重要です。
■働き方改革
働き方を変革することで、社員がワークライフバランスを取ることができる環境を提供することができます。これにより、社員が自己の仕事に対して熱意を持つことができるようになります。

また組織文化を醸成させることや人材開発に積極的に投資することによって、エンゲージメントだけではなく、生産性向上を見込むことができるでしょう。

人的資本経営で考えられるデメリット

人的資本経営には以下の3つのデメリットも考えられます。

■コスト
人的資本経営には、人材育成や組織文化の強化など、費用がかかります。人材育成プログラムや組織文化の強化活動の費用、人的資本の評価に必要なツールやプロセスの開発や運用にも費用がかかるためです。
■時間
組織文化の整備や、人材育成プログラムの開発・実施には多くの時間がかかります。また、人的資本の評価にも時間がかかります。
■不確実性
組織文化の整備や人材育成プログラムなどが本当に望んだ効果をもたらすかどうかは分からないため、その結果を予測することは困難です。
また長期的な取り組みが必要であり、一時的な取り組みでは効果が見られないこともあることもデメリットとも考えられます。

しかしながら人的資本経営をしていく中で、企業や個人の成長は徐々に感じられるものです。中長期的な目標を定め、その中で定点的に計測できる目標も定め、徐々に達成していくことが大切です。

人的資本の情報開示を行う手順

人的資本に関するステークホルダーの人的資本に対する関心が高まっている中、人的資本の情報開示が求められることが増えています。

 

日本では2020年9月に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」を皮切りに、人的資本情報開示の重要性が広まりました。適切な情報開示を行うことで、ステークホルダーとの関係性を深めることができます。

人的資本可視化指針を確認

内閣官房は「経営者、投資家、そして従業員をはじめとするステークホルダー間の相互理解を深めるため、「人的資本の可視化」が不可欠」であると考え、人的資本可視化指針をまとめています。

 

人的資本可視化指針によると、人的資本の可視化は以下の方法によって進めることが望ましいとされています。

1. 可視化において企業・経営者に期待されることを理解する
2.人的資本への投資と競争力のつながりの明確化(フレームワークを活用した統合的なストーリーの構築)
3.4つの要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿った開示(統合的なストーリーの開示内容への落とし込み)
4.開示事項の類型(2類型)に応じた個別事項の具体的内容の検討

企業がまず取り組むべき人的資本経営

最後に企業が人的資本経営にどのように取り組んで行けばいいのか、具体的な取り組みをまとめました。

現在と目指す姿のギャップを把握する

まずは現在の人的資本を把握するために、社員の能力やスキル、組織文化などを調査し分析します。同時に企業戦略に沿った形で目標設定もします。

 

目指す姿(目標)と現状を比較しギャップを把握することで、やるべき施策が見えてきます。なるべく行動まで落とし込みやすいよう、ギャップは定量的に把握することがおすすめです。人的資本経営には継続的な取り組みが必須です。単発の施策では効果が出ず、費用や時間だけを無駄にしてしまう可能性もありますので、行動目標を作る際には「持続可能な方法であるか」という点も注意するようにしましょう。

施策の実施と検証

人的資本を開発するための施策を実施します。施策の例には

・人材育成プログラム
・組織文化の整備
・教育、研修への投資
・待遇改善
・採用

などがあります。

 

施策は費用として考えるのではなく、「投資」として捉えることが重要です。デメリットでも解説した通り、すぐに結果が出ないものもありますが、定期的にPDCAを回し、適宣施策の見直しを行い、目標到達までの時間を短くできるようにしましょう。

ケーススタディ

最後に日本の企業で行われている人的資本経営について、事例を紹介します。目標設定方法、開示方法なども参考にしてみてください。

日本郵船グループ

日本郵船グループでは企業価値を向上させるために、ESGを経営の中心に据えて、これからも社会から必要とされ、選ばれる会社となる体制を整備し深化させています。

 

経営資源の中では人的資本も重視しており、「人・組織の強化を推進し、不確実性の高い世の中においても大きな変化に柔軟に対応できるグループ集団へ成長する」ことを掲げています。上記を達成するために具体的に以下の施策が実施されています。

・ダイバーシティ&インクルージョンの推進
・ ESG経営への転換へ向けたオブジェクティブツリーの設定
・グループ社員の総合力強化を目指す研修体系
「NYKビジネスカレッジ」、「NYKマリタイムカレッジ」のプログラム充実化
・変革を推進する人材育成の促
NYKデジタルアカデミー、自社養成、NTMAなど

以下から引用

「日本郵船グループの価値創造モデル」

東京電力グループ(TEPCO)

東京電力グループでは価値創造を実現するための戦略として人的資本への投資を加速しています。優先課題と重点施策、指標や目標を具体的に定めた経営を行っており、人的資本経営を推進していることが伺えます。

 

東京電力グループ(TEPCO)人材マネジメント戦略

(引用:TEOCO「統合報告書2022」

まとめ

人的資本経営とは、人材を価値を生み出すための源泉、すなわち資本として捉え、投資をし、さらに価値を引き出していく経営のやり方です。

 

第4次産業革命と呼ばれる現在の環境では、他社との差別化、自社の成長のためには人材への投資は無視できない、むしろ重点的に投資すべき対象です。人的資本経営に取り組むためには、まずは現在の分析と可視化、目標の設定、目標と現在のギャップの把握が欠かせません。

 

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